トップアスリートと経営者の視点から紐解く、人・組織・社会を動かすスポーツの価値と可能性
株式会社JTBコミュニケーションデザインのプレスリリース

2026年、世界規模のスポーツイベントが相次ぎ、スポーツへの関心が一段と高まっています。競技場で生まれる感動や一体感は、娯楽の枠を超え、地域や組織、ビジネスにも新たなつながりをもたらす力を持っています。 今回対談したのは、男子車いすテニス史上初の「生涯ゴールデンスラム」を達成した国枝慎吾氏と、JTBコミュニケーションデザイン(JCD)代表取締役社長執行役員の藤原卓行。トップアスリートと経営者、それぞれの視点から見えてきたのは、スポーツが人を楽しませるだけでなく、普段は交わされることのない新たな会話を生み、行動を後押しする「共通言語」にもなり得るということでした。 スポーツは、なぜこれほど人を動かし、人を結びつけるのか。二人の対話から、その価値と可能性を紐解きます。
■ 登場者プロフィール

国枝慎吾(くにえだ・しんご)
男子車いすテニス界のレジェンド。1984年生まれ。現役生活を通じて最高峰の四大大会すべてとパラリンピックを制する、前人未到の「生涯ゴールデンスラム」を達成。グランドスラム通算50勝、年間世界ランキング1位に10度輝く。2023年1月に現役を引退し、国民栄誉賞を受賞。引退後はアメリカを拠点に指導者として活動しながら英語を学び、現在は日本に帰国。後進の育成に尽力するとともに、新たに車いすバスケットボールにも挑戦するなど、常に自身のアップデートを続けている。

藤原卓行(ふじわら・たかゆき)
株式会社JTBコミュニケーションデザイン(JCD)代表取締役社長執行役員。1969年生まれ。JTBに入社後、法人営業を中心にキャリアを積む。JTBにおける「営業コンピテンシーモデル」を構築し、多様な人財の強みを活かす「美点凝視」のマネジメントを推進。2024年4月より現職。「つながりに彩りをもっと、ボーダレスに。」という中期ビジョンのもと、イベントやプロモーションなどを通じて、人・企業・地域の新たなつながりを生み出す事業を推進している。自身も学生時代はサッカーに打ち込み、現在は高校野球の応援をライフワークとする熱烈なスポーツファンでもある。
目次
1. 世界一であり続けるために。「できない」を分解し、勝っているときにこそ変化する
2. 「シナリオがない」から、スポーツは面白い。会場の熱狂が人と人をつなぐ
3. 応援は、人と組織をどう動かすのか――感動が行動を変える
4. 頂点を極めてもなお、「初心者」になる理由。感覚の言語化が人を育てる力へ
1. 世界一であり続けるために。「できない」を分解し、勝っているときにこそ変化する
藤原
2026年は、世界規模の大会が相次ぐ「スポーツイヤー」です。こうした節目に、国枝さんをお迎えしてお話を伺えることを、大変光栄に思います。
今日は、世界の頂点を極められた歩みはもちろん、その過程で「できない」とされてきたことにどう向き合い、道を切り拓いてこられたのかも含めて、ぜひ伺いたいと思っています。 その象徴の一つが、国枝さんのバックハンドの強打です。車いすテニスの常識を覆したプレーだったと伺っていますが、どのように実現されたのでしょうか。
国枝氏
当時の車いすテニスでは、バックハンドはスライスでつなぐのが一般的でした。車いすの上では動きに制約があるため、強いトップスピンで打ち抜くのは難しいと考えられていたからです。 ただ、私は「できない」と言われていることほど、工夫の余地があるのではないかと考えていました。実際に要素を分解してみると、体幹の使い方、打点、車いすのセッティングなど、見直せる部分はいくつもありました。そうした点を一つずつ見直し、試行錯誤を重ねることで、バックハンドを強打できる形をつくっていきました。 相手にとって想定しにくいボールになったこともあり、結果として自分の大きな武器になりました。

藤原
もう一つ、サーブ直後にネットへ詰める「サーブ&ボレー」も、当時の車いすテニスでは難しいとされていたそうですね。
国枝氏
はい。サーブを打った直後は、車いすの動きが一度止まります。そこから再加速してネットへ出るのは、物理的に間に合わないと考えられていました。 そこで、技術面だけでなく戦術面から見直しました。たとえばスライスサーブで相手を外側へ追い出せば、返球コースはある程度限定されます。その前提で動けば、十分にボレーに持ち込める。 重要なのは、「できない」という結論をそのまま受け入れないことです。成立しない理由を分解すると、変えられる条件が見えてきます。そこを組み替えることで、可能性は開けるのだと思います。
藤原
前提を疑い、成立条件を再設計するということですね。極めて示唆に富むお話です。 国枝さんは、世界ランキングの頂点に立たれた後も、フォームを大きく変えられました。すでに結果が出ている型を変えることに、ためらいはありませんでしたか。

国枝氏
ためらいがなかったわけではありません。ただ、怪我によって変えざるを得なかった面もありましたし、同時に、1位であること自体が変化を求める理由でもありました。 2位や3位の選手は、私に敗れるたびに分析し、対策を講じてきます。そのなかで、1位の側だけが現状維持を選べば、実質的には後退です。 勝ち続けるためには、勝っているときにこそ変わる必要がある。私はそのように考えていました。
藤原
これはビジネスにも通じる話ですね。順調なときほど、成功した型を手放すことは難しくなります。ただ本来は、事業がうまくいっている局面ほど、次の変化をどう生み出すかを問われます。危機が顕在化してからでは遅いという意味でも、非常に本質的なお話だと受け止めました。
国枝氏
もう一つ、1位になると、追いかける相手が見えなくなります。2位や3位のときには「1位に勝つ」という明確な目標がありますが、1位になると、その背中がなくなる。 そこで私は、目標を「対誰か」ではなく「対自分」に置くようにしました。バックハンドの精度も、サーブの質も、さらに高める余地があります。自分を基準にすれば、課題は尽きません。 他者との比較だけを目標にすると、いずれ成長は止まります。自分の可能性を高め続けることを軸に据えることで、成長は持続できるのだと思います。

藤原
そのお考えに強く共感します。私たちも、競合に勝つこと自体を目的とするのではなく、自ら新たな価値を生み出し続けることを重視しています。 当社が掲げる「つながりに彩りをもっと、ボーダレスに。」という中期ビジョンも、その延長線上にあります。既存の枠組みにとどまらず、新たな出会いや体験を生み出し、その価値を社会へ広げていく。 国枝さんの「対誰かではなく、対自分」というお話は、私たちの姿勢にも通じるものがあると感じました。
2.「シナリオがない」から、スポーツは面白い。会場の熱狂が人と人をつなぐ
藤原
2026年はスポーツイヤーというお話をしましたが、世界規模のスポーツ大会には、国全体を巻き込む特別な熱量があると感じます。私がそれを初めて強く実感したのは、1998年のサッカーワールドカップ・フランス大会でした。TGVで会場へ向かう道中から、国全体が揺れているような熱気があり、スポーツは選手だけでなく、観客の声や感情も含めて一つの場をつくるのだと強く感じました。国枝さんにとって、観客の存在や声援はどのようなものだったのでしょうか。
国枝氏
サッカーの応援が生み出す一体感には、個人競技の選手として率直に憧れがあります。代表選手がピッチを走り、サポーターが声を出し続け、会場全体が一つの生き物のようになる。あの熱量は特別ですね。 一方で、テニスにはテニスならではの空気があります。ポイントの最中は静けさが求められますが、その静寂の中で何千人もの視線が一つのプレーに集まる感覚は、個人競技ならではの緊張感だと思います。 国によって雰囲気の違いはありますが、良いプレーに対しては、どちらを応援しているかにかかわらず拍手が起こる。そうした文化も、テニスの魅力の一つだと感じています。

藤原
スポーツ観戦ならではの魅力は、どこにあるとお考えでしょうか。今は映像でも十分に試合を楽しめる時代ですが、それでもなお、人が現地へ足を運ぶ意味はどこにあるのでしょうか。
国枝氏
スポーツ観戦の魅力は、やはり「シナリオがない」ことだと思います。選手自身にも結果が分からない。次の1点で何が起こるか分からない。その偶発性があるからこそ、人は引き込まれるのだと思います。 また、現地へ行く価値は、競技そのものを見ることだけではありません。スタジアムやコートのスケール、観客のざわめき、空気感、その場所に積み重なってきた歴史まで含めて、五感で受け取る体験にあると思います。 一度現地で観戦すると、競技や選手に対する当事者意識が深まります。帰宅後も、その選手や次の試合が気になり、スポーツとの関わりが継続していく。現地観戦には、そうした力があると思います。
藤原
まさに、競技そのものに加えて、その場で過ごす時間全体が観戦体験の価値を形づくっているということですね。 当社は、スポーツ観戦に食事や交流、特別なプログラムを組み合わせた「スポーツホスピタリティ」のプロデュースに取り組んでいます。単に席を提供するのではなく、参加者が自然に会話でき、心理的な距離を縮められる環境を設計するという考え方です。 同じ瞬間に感情が動くことで、人と人との間に会話が生まれ、関係が深まっていく。スポーツには、立場や肩書を越えて人をつなぐ「共通言語」としての力があると感じています。
スポーツイベント|MICE|事業紹介|株式会社JTBコミュニケーションデザイン
国枝氏
「スポーツは共通言語になる」という視点は、非常に本質的だと思います。実際、スポーツの話をしているときは、役職や立場よりも、どのチームを応援しているか、どの選手に心を動かされたのかが、会話の起点になります。 私自身、いくつかのテニス大会でトーナメントディレクターを務める中で、現地体験の価値をどう高めるかは重要なテーマだと感じています。特別なチケットを購入して来場してくださる方に、ただ席を提供するだけでは十分ではありません。食事やアトラクションも含めて、会場全体で特別な時間をつくることが求められていると思います。 手軽に試合を観られる時代だからこそ、現地でしか得られない価値をどう設計するかが、これからますます重要になるのではないでしょうか。

藤原
競技を未来につないでいくためには、観戦体験の価値を高めることに加え、選手が経済的に競技を続けられる環境を整えることも欠かせません。国枝さんは、競技の価値を高めることと、選手が自立できる市場を育てることを、同時に進めてこられたのではないかと思います。
国枝氏
私がプロに転向したとき、強く意識していたのは、車いすテニスを「プロとして成り立つスポーツ」にしたいということでした。 当時のパラスポーツには、世界を目指して努力するほど遠征費や用具代がかかり、経済的には苦しくなっていくという厳しい現実がありました。それでは、若い選手が競技を職業として選ぶことは難しくなります。 競技をビジネスとして成立させることは、その価値を損なうことではなく、未来へ残していくために必要なことです。スポーツとしての魅力を高め、応援される理由を増やし、市場として持続可能にしていく。その積み重ねが、次の世代につながっていくのだと思います。
3. 応援は、人と組織をどう動かすのか――感動が行動を変える
藤原
これまで、スポーツは人と人をつなぐ「共通言語」になり得るというお話を伺ってきました。その力は、必ずしもプロスポーツの舞台に限らず、もっと身近な場面でも生まれるのではないかと感じています。当社が共催する「箱根ランフェス」では、単にタイムを競うのではなく、「楽しさを競う」ことをコンセプトにしています。参加者がゴールする瞬間には、走りきった達成感と、それを迎えるスタッフや周囲の声援が重なり、会場に共感と一体感が広がります。そうした光景に触れるたびに、スポーツが生み出す前向きな熱量の大きさを実感します。 また、当社にはパラアルペンスキーの小池岳太選手が社員として在籍しています。身近な仲間が世界に挑戦する姿を皆で応援することが、部署を越えた会話や、「自分たちも挑戦しよう」という前向きな空気につながっていく。彼への応援そのものが、人や組織を動かす力になると感じています。 国枝さんご自身、スポーツが人の行動を変えると強く感じた経験はありますか。
「楽しさを競おう。」が地域を育む、持続可能な観光と共創の未来。|JCD NOW!|株式会社JTBコミュニケーションデザイン

国枝氏
私が最も強く実感したのは、ロンドン2012パラリンピックでした。大会後、日本各地のテニスクラブに「車いすテニスを始めたい」という問い合わせが増え、私のもとにも多数の連絡が届きました。 当時は、勝たなければ報道されず、報道されなければ競技を知ってもらえないという現実がありました。ですから、私にとって「勝つこと」は個人の目標にとどまらず、競技を社会に知ってもらう為の手段でもありました。 そして実際に、大会を観た方の感動が「自分もやってみたい」という行動に変わった。あの経験を通じて、スポーツの熱は人の気持ちを動かすだけでなく、行動にまでつながるのだと実感しました。
藤原
感動が実際の行動に変わった、非常に象徴的なお話だと思います。 その意味では、大きな大会が自国で開催されることも、選手や観客の意識を大きく動かす契機になるのでしょうか。国枝さんご自身、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催決定が、競技人生の大きな転機になったと伺っています。

国枝氏
はい。自国開催には特別な力があると思います。 2013年に東京大会の開催が決まった当時、私はすでに引退も意識していました。しかし、日本で開催されると知ったとき、「その舞台に立つまではやめられない」と強く思ったんです。 その後、ひじを痛めてラケットを握れない時期もありましたが、打ち方や車いす、チーム体制を見直しながら競技を続けることができたのは、東京という明確な目標があったからです。 選手にとって、自分の国で開かれる大舞台は、それだけ大きな意味を持ちます。だからこそ、愛知・名古屋で間もなく開催されるアジア大会(第20回アジア競技大会)でも、「自国開催の大舞台に立ちたい」という思いを力に変えて、大きく成長する若い選手が出てくるのではないかと思います。
藤原
選手が人生を懸けて挑む姿そのものが、人の心を動かし、その先の行動にもつながっていくのですね。 アジア大会(第20回アジア競技大会)のスローガン「IMAGINE ONE ASIA ここで、ひとつに。」も、今日伺ってきたスポーツの価値と重なるように感じます。異なる立場や背景を越えて、人が同じ瞬間を共有し、つながっていく。その力こそ、スポーツが持つ大きな意義の一つなのかもしれません。
国枝氏
本当にそう思います。選手が真剣勝負に挑む姿は、観る人の人生にも影響を与えますし、日常を少し前に進める力にもなります。 スポーツは、競技の場の中だけで完結するものではありません。応援すること、観ること、語り合うことを通じて、人の気持ちや行動を変え、社会の中に広がっていくものなのだと、あらためて感じます。

対談の後半では、国枝氏が語る「頂点を極めてもなお、初心者になる理由」に迫ります。感覚を言葉にし、学びを次世代へつないでいく視点は、スポーツの枠を超えて、育成や組織づくりにも繋がります。全文はJCD NOW!にてご覧ください。

国枝慎吾氏の歩みが示しているのは、勝つことそのものだけではなく、頂点にあり続けるために自らを更新し続けることの意味です。技術や戦術の常識を問い直し、自らを変え、道を切り拓いてきた。その姿勢は、引退後もなお新たな挑戦へと向かう現在にも貫かれています。その積み重ねは、競技の枠を超えて、人や組織が成長していく過程にも重なります。
スポーツの価値は、勝敗や記録だけでは測れません。同じ瞬間に心を動かされる体験は、人と人との距離を縮め、応援は次の挑戦を後押しする。スポーツには、人の心を動かし、行動を促し、新たな関係を生み出す力があります。
人と人、そして人と社会の間に新たな接点を生み出していくこと。それこそが、コミュニケーションをデザインするJCDの役割です。私たちはこれからも、人・企業・地域の新たな接点を育みながら、スポーツが持つ価値で社会をより豊かにしていきます。

