野球における打撃練習と視覚的なトレーニングの効果を検証

学校法人 順天堂のプレスリリース

順天堂大学スポーツ健康科学部の河村剛光 准教授らの研究グループは、野球を対象に、実際の打撃練習や視覚的なトレーニングの効果を検証しました。野球をはじめとした球技スポーツでは、競技に特化した様々な練習法が用いられていますが、それらの効果を科学的に検証しようとした研究は多くないのが現状です。本研究では、打撃能力の向上には、その球速や球種に応じた練習が重要であり、実際の球速・球種に則した打撃練習・視覚トレーニングが、打撃能力を大きく改善することを示しました。改善が必要な特定の球速・球種を対象にすることで、より効率的なトレーニングが可能となるため、練習時間の短縮などによる選手への負荷軽減にもつながることが期待されます。本論文はJournal of Human Kinetics 誌に掲載されました。

 

 

本研究成果のポイント

  • 打撃能力の向上は、実際と同じ球種・球速での練習において効果が見込まれる。
  • 速い球速での練習は、その球速以下での打撃能力の改善も見込めることから、より効率的な練習となる可能性がある。
  • 改善が必要な特定の球種・球速を対象にすることで、より効率的なトレーニングの実現や長時間練習の是正が期待される。

背景
スポーツ科学の分野では、筋力やパワー、持久力などのいわゆる“発揮する力(出力)”について、筋や遺伝子、酸素摂取量等の観点から幅広い研究が進んでいます。一方で、多くの球技で求められているのが、ボールや対象物を視覚的に見て判断し、行動する能力であり、野球における打撃は、まさにその代表例と言えます。“発揮する力”が強いだけでは、実際に高速なボールや急激に変化するボールに対応するのは困難であることから、技術的・視覚的な視点からの科学的な検証も少しずつ行われてきましたが、まだまだ十分ではありません。従来から行われている技術練習の効果を明確にし、新しい視点を取り入れたトレーニングの効果を客観的に報告できれば、より効率的な練習方法につながり、競技現場で近年問題となっている長時間の練習や部活動に関する諸問題の解決にも貢献することが期待されます。

内容
本研究では、実際の野球の「打撃練習」とボールを見るという「視覚的なトレーニング」の効果を、打撃能力と視覚機能の観点から検証しました。また、純粋な実験上での影響を明らかにするために、被験者は敢えて野球選手ではなく、普段野球の練習をしていない者(計46名)としました。
実験は、6つのグループで行い、<1>ストレート(直球)100km/hを打撃練習するグループ、<2>打席に立ってそのボールを見るグループ、<3>ストレート115km/hを打撃するグループ、<4>見るグループ、<5>カーブボール100km/hを打撃するグループ、<6>見るグループとしました(図1)。見るグループについては、ボールを見た後にスイングを行い、スイング練習自体の影響は各グループで統一しました。また、練習/トレーニングの前後には、打撃能力測定と、動体視力、深視力、眼と手の協応に関する視覚機能*1の測定を行いました。打撃能力測定については、ストレート100km/h、115km/h、カーブ100km/hの3種類の条件で各20球実施しました。打撃結果を1球ずつ5段階で評価して合計し、各条件での得点としました。

図1:本研究の実験プロトコール

 

 

主な実験結果(図2)として、 100km/hの球では、ストレートでもカーブボールでも打撃練習していた球種で打撃能力が向上(グループ<1>、<5>)しており、実際と同じ球種での練習が打撃能力に影響を及ぼすことが示されました。一方、100km/hのストレートで打撃練習したグループ(グループ<1>)では、同じ球速のカーブボールでも打撃能力が向上しており、また、視覚的なトレーニングにおいても100km/hのカーブボールでトレーニングを行ったグループ(グループ<6>)において、同じ球速のストレートの打撃能力が改善していることから、打撃練習・視覚的なトレーニングの効果は、球速による影響をより強く受ける可能性も示唆されました。加えて、115km/hのストレートで打撃練習したグループは、その球速以下での打撃能力改善も期待できることから、速い球速での練習はより効率的な練習となることが期待されます。

図2:打撃練習・見るトレーニングによる打撃能力の向上

 

 

さらに、打撃練習グループでは視覚機能に大きな変化はなく、打撃能力の向上のみが見受けられましたが、視覚的なトレーニングを行ったグループでは、動体視力や眼と手の協応に関する視覚機能の向上も見られました。これは、視覚的なトレーニングの際には、ボールの追跡に意識を集中できるため、より視覚機能へ与える影響が大きかったためと考えられます。

今後の展開
本研究から、実際の球種・球速に則した打撃練習と視覚的なトレーニングが、打撃能力の向上において重要であることが示されました。これにより、改善が必要な特定の球種・球速に着目したトレーニングを行うことで、より効率的な練習が行えるため、長時間の練習が問題となっている部活動の場などで、練習時間の短縮につなげることが期待できます。また、視覚的なトレーニングに関しては、オフシーズン中に取り組みやすいだけでなく、ケガをした選手への練習メニューとしても活用が可能です。定期的な打撃練習と視覚トレーニングを組み合わせることで、経験豊富な野球選手の打撃能力向上に役立てられる可能性もあることから、競技現場への実装を目指し、今後、さらなる研究を進めていく予定です。

用語解説
*1 視覚機能:
本研究では、スポーツにおける幅広い視覚的な能力として考え、その中の一部として、動体視力、深視力、眼と手の協応の能力として定量化を試みた。スポーツには様々な視覚的な能力が必要とされており、その定義、定量化、向上等の研究において、幅広い分野の専門家が協力して取り組む必要があると考えられる。
本研究における動体視力は、目の前を水平に移動する視標を識別する能力として、深視力は三本の棒の位置が一致した時に反応する方法で距離感に関する能力として、眼と手の協応は眼で見たところに素早く正確に手指で反応する能力として測定評価した。

原著論文
本研究は、Journal of Human Kinetics 誌で、2019年12月に公開されました。
タイトル: Effects of Batting Practice and Visual Training Focused on Pitch Type and Speed on Batting Ability and Visual Function
タイトル(日本語訳): 球種と球速に着目した打撃練習及び視覚的トレーニングが打撃能力と視覚機能に及ぼす影響
著者: Yoshimitsu Kohmura 1), Manabu Nakata 1), Atsushi Kubota 1), Yukihiro Aoba 2), Kazuhiro Aoki 1), Shigeki Murakami 1,3)
著者(日本語表記): 河村剛光 1), 中田 学 1), 窪田敦之 1)、靑葉幸洋 2), 青木和浩 1), 村上茂樹 1, 3)
著者所属:1) 順天堂大学スポーツ健康科学部, 2) 中央学院大学現代教養学部, 3) むらかみ眼科クリニック
DOI: 10.2478/hukin-2019-0034

本研究はJSPS科研費(JP23700739)の支援を受けて実施されました。
本研究にご協力いただいた皆様に深く感謝いたします。

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