300人中3人に選ばれた10歳がアトレティコと契約。あれから19年、彼はサッカー留学会社を立ち上げた

スペイン・ドイツへのサッカー留学支援で13名のプロ契約を実現。海外サッカー留学・トライアウトの道を切り拓くステイドリームグループの創業ストーリー

ステイドリームグループ株式会社のプレスリリース

【創業ストーリー】アトレティコ契約の10歳から19年。創業した留学会社の軌跡

きっかけは、叔父と観たクラブW杯だった

2006年12月、トヨタ・クラブワールドカップ決勝。バルセロナ対インテルナシオナル。

 

当時9歳だった僕は、元Jリーガーの叔父と一緒にその試合を観ていた。バルセロナのサッカーに心を奪われた。「スペインに行きたい」。その日から、僕の人生は動き始めた。

 

山梨県南アルプス市で生まれ、3歳からサッカーを始めた。地元のトラベッソというチームでボールを蹴る毎日。ただ、スペインでプレーするなんて、当時の僕にとっては夢のまた夢だった。

 

1ヶ月のサマーキャンプが、人生を変えた 

家族が動いてくれた。スペインでサッカー留学ができる会社を片っ端から探した。でも、どこも小学生なんか相手にしてくれない。10歳の子どもを受け入れてくれるところなんて、ほとんどなかった。

 

その中で、たった1社だけ受け入れてくれた会社があった。そこを通じて、アトレティコ・マドリードのサマーキャンプに参加できることになった。

 

短期のサッカー留学のつもりだった。1ヶ月だけスペインのサッカーを体験して、日本に帰るはずだった。

 

ところが、サマーキャンプの最終日に信じられないことが起きた。参加者約300人の中から、クラブと契約できるのはたった3人。僕は、その3人のうちの1人に選ばれた。

 

契約期間は5年。生活費、学費、食費、すべてクラブが負担。家族の渡航費や滞在費までクラブ持ちという、10歳にしてプロ同等の待遇だった。

スペイン1年目リーグ戦後にて
スペイン3年目 夏の大会で優勝した際の写真
スペイン4年目 リーグ戦にて
スペイン1年目 レアル・マドリードとの試合後にて

 スペインで待っていた現実 

華やかに聞こえるかもしれない。でも、そこから始まったのは、10歳の少年にとってあまりに過酷な日々だった。

 

まず、言葉がわからない。スペイン語がゼロの状態で、コーチの指示も、チームメイトとの会話も、すべてが壁だった。ピッチの上では身体で語れても、ピッチを離れた瞬間、僕は「何もできない子ども」になった。

 

私立の現地校にも通った。授業は当然すべてスペイン語。サッカーの練習で疲れ切った身体で、もうひとつの戦場に向かう。毎日がその繰り返しだった。

 

人種差別もあった。アジア人というだけで心ない言葉を浴びせられる。10歳の少年にとって、それは言葉以上に重たいものだった。

 

ある日、家に泥棒が入った。海外で暮らすということは、こういうことも含めて「日常」になるということだ。

 

競争も容赦なかった。スペイン中から、世界中から、才能のある少年が集まってくる。ポジション争いに終わりはなく、試合に出られない日々が続くこともあった。

 

それでも僕は6年間、アトレティコの下部組織でプレーし続けた。スペイン5部リーグの舞台にも立った。「クビになるまでやる」。その覚悟だけで、毎日を乗り越えた。

 帰国して、そして指導者になって気づいたこと 

16歳で日本に帰国した。流通経済大学付属柏高校に入り、その後、慶應義塾大学SFCに進学した。

 

帰国直後から、スペインとの違いは感じていた。でも、それが明確な「問題意識」に変わったのは、指導者として現場に立つようになってからだ。

 

スペインでは、選手が自分で考え、自分で判断し、自分でプレーを選ぶのが当たり前だった。コーチは「教える」のではなく「引き出す」存在だった。選手の個性は尊重され、型にはめるような指導は見たことがなかった。

 

日本の育成現場では、まだその逆が多い。コーチが細かく指示を出し、選手はそれに従う。個人の判断よりもチームの約束事が優先される。「自分で考えろ」と言いながら、考えた結果が指導者の想定と違えば修正される。

 

保護者の関わり方にも違いを感じた。スペインでは、親は子どものサッカーを「楽しむもの」として見守る空気があった。日本では、親が子どものプレーに一喜一憂し、結果を強く求める場面に出会うことが少なくなかった。

 

どちらが正しいという話ではない。ただ、選手の「サッカーが好き」という気持ちを最優先にする育成環境を、日本にももっと増やせるはずだ。その想いが、年を追うごとに強くなっていった。

指導させていただいたエスポルチ藤沢の練習試合にて
エスポルチ藤沢の練習後の写真

 

「死に場所はスペインがいい」。大学時代の再挑戦 

慶應では体育会サッカー部に入った。入部から半年ほどでトップチームの試合に出させてもらえるようになった。しかし、翌年から出場機会が減った。

 

プロを目指していた僕は焦った。このままでは中途半端にサッカー人生を終えてしまう。どうせ最後なら、サッカー選手としての死に場所は「スペイン」がいい。

 

クラウドファンディングで資金を集め、再びスペインに渡った。複数のクラブのトライアウト(入団テスト)を受けた。

 

このとき痛感したのは、海外サッカー留学に関する情報のなさだった。「サッカー留学の費用はどれくらいかかるのか」「どうやって海外のチームを探すのか」「トライアウトはどう受けるのか」。インターネットで調べても、生々しいリアルな情報は一切見つからなかった。

 

留学サポート会社を通じた感想やわずかな体験談しかない。自分のように海外に挑戦したい選手は他にもいるはずなのに、道しるべがない。

 

この経験が、後の事業の原点になった。

 「送る側」になった理由 

指導者として約3年間、育成年代の現場に立ち続けた。

 

その中で、ある確信が強くなっていった。

 

「日本の中だけでは限界がある」。

 

技術はある。真面目さもある。でも、世界で戦うために必要な「個」の力——自分で判断し、自分のプレーを貫く強さは、海外の空気を吸わなければ育たない部分がある。

 

そしてもうひとつ。かつての自分のように、海外でサッカーに挑戦したくても「どうすればいいかわからない」選手が、日本にはたくさんいる。情報がない。繋がりがない。背中を押してくれる人がいない。

 

だから僕は「教える側」から「送る側」に回ることを決めた。

 

22歳で個人事業として海外サッカー留学の支援を始め、2024年7月にステイドリームグループ株式会社として法人化した。スペインサッカー留学、ドイツサッカー留学を中心に、オーストラリアや韓国への留学・トライアウトもサポートしている。

スペインサッカー短期留学
スペイン女子サッカー留学トライアウト
12歳女子選手のスペインサッカー短期留学

 一人では成り立たない 

登記上の社員は僕一人だ。でも、この事業は決して一人で回しているわけではない。

 

スペインやドイツには、現地で選手を直接サポートしてくれるスタッフがいる。選手に合ったクラブの選定、生活面のフォロー、トライアウトへの同行——現地に信頼できる人間がいるからこそ、選手たちは安心してサッカー留学に飛び込める。

 

選手を信じて送り出してくれる家族がいる。異国の地で奮闘する選手を受け入れてくれるクラブがある。日本側で支えてくれる関係者がいる。

 

僕はその中心で繋ぎ役をしているに過ぎない。多くの人の想いと力が重なって、はじめてひとりの選手の「挑戦」が実現する。

 女子サッカー留学で9名、合計13名がプロ契約を掴んだ 

スペイン、ドイツ、オーストラリア、韓国。4カ国で合計13名の選手がプロ契約を掴んだ。そのうち9名がスペインでプレーする女子選手だ。

 

日本の女子サッカー選手にとって、高校や大学を卒業した後の選択肢は限られている。なでしこリーグのクラブ数は多くなく、プロとして生活できる環境はごく一部だ。

 

でもスペインには、2部や3部のクラブでもプロ契約を結べる環境がある。給料が出て、サッカーを「仕事」として続けられる世界がある。女子サッカー留学という選択肢を知っているだけで、人生が変わる選手がいる。

 

男子のサッカー留学も同じだ。ドイツでは5部リーグ以下で外国人枠がなく、実力さえあれば国籍に関係なくプレーできる。給料や手当が出るクラブも多い。

 

こういった情報は、日本にいるとなかなか入ってこない。でも、知っていれば人生の選択肢が変わる。

左下:森田優乃選手 (元SD Huesca Femenino所属)
毛利亜美選手 (SD Huesca Femenino所属)

 「海外サッカー留学」が、普通の選択肢になる未来へ 

僕が目指しているのは、海外でのサッカー留学やトライアウトが、特別なことではなく、当たり前の選択肢のひとつになる未来だ。

 

かつて10歳の僕がサマーキャンプに参加したように、まずは「行ってみる」ことから始まる。そこで何が起きるかは、誰にもわからない。でも、挑戦しなければ何も始まらない。

 

留学やトライアウトという言葉に身構える必要はない。上手い選手だけのものでもない。本気でサッカーを続けたいと思う人に、世界中のどこかに必ず居場所はある。

 

僕はそのことを、自分の経験と、仲間たちと積み上げてきた実績をもって伝え続ける。

 

夢を諦めるのは、まだ早い。

 代表プロフィール 

宮川 類(みやがわ るい) 1997年1月20日生まれ。山梨県南アルプス市出身。

 

3歳でサッカーを始め、10歳でアトレティコ・マドリードの下部組織と契約。16歳まで6年間スペインでプレーし、5部リーグの舞台にも立つ。帰国後、流通経済大学付属柏高校、慶應義塾大学SFC卒業。JFA公認C級コーチライセンス保持。

 

主なメディア掲載:スポーツ報知、スポーツニッポン、産経新聞、山梨日日新聞、NHK BS1「ドリーム・キッズ!海を渡った小さなプロたち」、テレビ東京「世界を変える100人の日本人」、テレビ朝日「やべっちFC」、スペイン大手スポーツ紙AS、MARCA 他多数

 会社概要 

会社名: ステイドリームグループ株式会社 

所在地: 東京都新宿区西新宿6丁目5番1号 新宿アイランドタワー2階 

代表者: 宮川 類 設立: 2024年7月 

事業内容: 海外サッカー留学支援(スペインサッカー留学・ドイツサッカー留学・女子サッカー留学)、トライアウトサポート、指導者留学支援 

対応国: スペイン、ドイツ、オーストラリア、韓国 他 

公式サイト: https://staydreamgroup.com 

公式LINE: @696rngbt 

連絡先: TEL 03-5050-4721 / Mail contact@staydreamgroup.com

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