
巨人やメジャーリーグのレッドソックスで活躍し、2023年からロッテに活躍の場を移していた 澤村拓一投手。昨季にロッテを退団し、現役続行の道を模索していましたが、プロ通算15年の歴史に幕を閉じる決意であることを、SNSにて表明しました。
剛腕、魂の投球、そして何よりもマウンドで見せる鬼気迫る表情。日米の野球ファンを沸かせた右腕が、静かにユニフォームを脱ぐ。彼の15年間の軌跡は、記録はもちろんのこと、鮮烈な「記憶」として球史に刻まれています。
剛腕の古巣への帰還
2023年、古巣のロッテに復帰した澤村投手は、若手の手本となるベテランとして、ブルペンを支えました。しかし、2025年オフにはロッテからの退団を発表。その後は日米球界からのオファーを待ち続けていましたが、まもなく38歳を迎えることもあり、最終的に現役引退の意思を表明しました。
プロ通算15年。日本での成績は445試合に登板し、53勝58敗79セーブ99ホールド。アメリカでの成績は104試合、6勝2敗。特にレッドソックスに移籍した2021年当初、チームの下馬評は低く、ブックメーカー おすすめの優勝予想オッズでも51.0倍前後と、決して期待値の高い状態ではありませんでした。しかし、彼はその評価を覆す快進撃の一翼を担ったのです。
日米通算549試合登板という数字は、彼がいかに多くの修羅場をくぐり抜け、チームの勝利のために腕を振ってきたかを雄弁に語っているといえるでしょう。
巨人で鮮烈なデビュー、先発と救援の二刀流で掴んだ栄光
栃木・佐野日大高時代から進学した中央大学では、最速157キロをマーク。ポテンシャルが評価され、2010年のドラフト会議で巨人から単独1位指名を受け、プロの世界へと足を踏み入れました。
そして迎えた2011年のルーキーイヤー。澤村投手はその期待に、想像以上の結果で応えました。現代野球では投手の分業制が確立されている中、新人ながら200イニングを投げるという離れ業を演じ、11勝11敗、リーグ3位となる防御率2.03という堂々たる成績を残します。
しかし、その後は先発完投へのこだわりを持ちながらも、チーム事情もあり、リリーフへの転向を経験。与えられた場所で腕を振り続ける日々を乗り越え、2016年には守護神として君臨しました。その結果、この年には37セーブを挙げて最多セーブのタイトルを獲得。
先発として新人王、リリーフとしてセーブ王。この2つの実績は、彼がいかに高い適応能力を持ち、チームのために身を粉にする精神を持っていたかを示す裏付けと言えるでしょう。
電撃トレードからの復活、そしてメジャーの舞台へ
巨人では制球に苦しみ、思うような投球ができない時期も続いていた中で、プロ10年目を迎えた2020年にキャリアの大きな転機が訪れます。シーズン途中、予期せぬトレードで千葉ロッテマリーンズへ移籍することになったのです。
環境の変化が吉と出るか凶と出るか、周囲の喧騒は大きかったものの、澤村投手はこのピンチを最大のチャンスに変えてみせました。
ロッテのユニフォームに袖を通した直後の登板では、まるで水を得た魚のように躍動。150キロ後半の剛速球と、鋭く落ちるスプリットを武器にパ・リーグの強打者たちをねじ伏せる姿をファンに見せつけ、チームの窮地を救う存在となりました。
そして、この復活劇を経て、2021年には海外フリーエージェント(FA)権を行使して海を渡る決断を下します。行き先は、メジャーリーグの名門ボストン・レッドソックス。2013年のワールドシリーズで、巨人の先輩でもある上原浩治氏がチームを世界一に導いたことでも知られる球団です。
世界最高峰の舞台で果たして通用するのか。そんな懐疑的な声をよそに、沢村投手はボストンのマウンドに立ち、新たな挑戦をスタートさせました。
そして、メジャーの猛者たち相手にも決して怯むことなく、自慢の剛速球とスプリットで真っ向勝負を挑むスタイルを維持。2年間で104試合に登板し、6勝2敗という成績を残した事実は、彼が世界レベルのセットアッパーであることを証明するには十分すぎるものであったと言えるでしょう。
まとめ
マウンド上で帽子を飛ばすほどの勢いで投げ込むストレート。打者のバットが空を切る高速スプリット。そして、ピンチを脱した時に見せるあの咆哮。
澤村投手は、単なる数字以上のインパクトをファンにに与える存在でした。15年間のプロ生活で見せてくれた数々の熱投と、何度倒れても立ち上がる不屈の精神は、これからの野球界にとっても大きな財産として語り継がれていくことでしょう。

