フルマラソン以上を走る“ウルトラマラソン”。2日間で96kmの“超長距離”を走破した日本人ランナーの腸内細菌叢の変化を調査

学校法人 順天堂のプレスリリース

順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の鈴木良雄 教授は、フルマラソン以上の超長距離を走るウルトラマラソン*1の日本人ランナーの腸内細菌を調査した結果、フィーカリバクテリウム・プラウスニッツィ(F. prausnitzii)などの酪酸産生菌*2が減少することを明らかにしました。酪酸産生菌は免疫機能に重要であることがわかっており、ウルトラマラソンのように身体活動量が非常に高く疲労困憊した状態では、腸内の酪酸産生菌が減少し免疫機能に影響を及ぼす可能性があります。この結果は、フルマラソンによる腸内細菌の変化とは異なるもので、ウルトラマラソンに特徴的な変化と考えられます。本論文は「Scientific Reports」のオンライン版で公開されました。

【本研究成果のポイント】

  • 約2日間をかけ96km以上を走破した日本人ランナーの腸内細菌叢の変化を調査。
  • フルマラソンとは異なり、免疫機能に重要とされる酪酸産生菌がレース後に減少していることを発見。
  • 腸内細菌叢を介した肉体疲労時の体調不良の理解と競技特性や人種特性に合った予防法の開発へ。

背景
人間の腸内には約1000種、100兆個の細菌が生息しており、これらの細菌を総称して腸内細菌叢(さいきんそう) と呼びます。腸内細菌叢は人間と共生関係にあり、食物消化や病原体増殖の阻害などのさまざまな役割を果たしています。この腸内細菌叢は食事や運動の影響を受けること、また、腸内細菌叢を構成する細菌のバランスの崩れが様々な病気と関連していることが明らかになってきています。
2019年にはフルマラソンを終えたばかりのランナーの腸内で増加するベイロネラ(Veillonella) *3が運動能力と関連しているという海外の論文が注目を集めました。そして、Veillonellaは163kmの山岳フットレースを完走したランナーの腸内でも増えていたことが報告されました。しかし、Veillonellaは日本人の腸内にはあまり多くない菌です。フルマラソンを超える距離を走ることで日本人の腸内細菌叢がどう変化するのかは、これまでほとんど調査されてこなかったことから、それを明らかにしようとしたのが今回の研究です。

内容
本研究では、日本アルプスを日本海から太平洋まで縦走するトランスジャパンアルプスレース2020に参加した選手のレース前後での腸内細菌叢の変化を調査しました。レースは富山湾(標高0m)からスタートし選手は北アルプスの剱岳(標高2999m)、薬師峠(標高2294m)を越えて進んでいましたが、スタートから31時間後に荒天のため中止となり、それぞれ最寄りのルートで下山し自力で帰路につくことになりました。そこでスタートから38〜44時間以内にスタートから96.1km(上り 8062m、下り 6983m)の新穂高温泉に到着した9名の選手を対象に調査を行いました。
各選手の便検体より、腸内細菌叢としてそれぞれ10,000個の細菌を同定し、全体で380種の細菌の存在比を分析することができました。腸内細菌叢のパターンを調べてみると、腸内細菌叢には個人ごとに特定のパターンがあることと、今回のレースではパターンに影響するほどの変化は生じなかったことがわかりました。
次に、個々の細菌のレース前後の変化を調べてみると、様々な病気の患者で減少が観察されている酪酸産生菌のフィーカリバクテリウム・プラウスニッツィ(F. prausnitzii)が減少していることがわかりました。F. prausnitzii がレース前の4.75%から、レース後に0.68% (− 85.7%)と最も減少した選手(I)は、レース後に、だるさや浅い眠りがあったと報告しました(図1) 。また、380種の細菌のうち有意な減少が観察されたF. prausnitzii を含む4種類の細菌はすべて酪酸産生菌でした。腸内細菌叢が産生する酪酸は免疫機能などに重要であることが明らかになっています。ウルトラマラソンによる酪酸産生菌の減少が体調に悪影響を及ぼした可能性があります。

図1図1

一方、今回対象とした日本人ランナーのレース後のVeillonellaの腸内細菌叢に対する構成比は1人を除いて0.1%未満で、レース前後で有意な変化は観察されませんでした。この結果は、フルマラソンを完走したランナーでVeillonellaが増加していたという2019年に話題になった海外論文とは異なる結果でした。

まとめ・今後の展開
本研究で対象としたウルトラマラソンはレース途中で中止になったため、9名の選手のみという制限のある調査となりました。しかし、これまで海外において長距離レースにより増加すると報告されていた腸内細菌Veillonellaには変化は認めず、 本研究の対象となった日本人ランナーでは、免疫機能に関与するF. prausnitzii などの酪酸産生菌が減少していることが新たに明らかになりました。この結果は、フルマラソンによる腸内細菌の変化とは異なるもので、ウルトラマラソンに特徴的な変化と考えられます。ウルトラマラソンはフルマラソンよりも身体活動量が多く過酷な競技です。中止になったとはいえ本研究で調査した選手は睡眠・食事をとりながらもフルマラソンを完走した場合の4倍以上のエネルギー(カロリー)を消費していました。身体活動量が非常に高く疲労した状態で体調が悪くなるのには、腸内の酪酸産生菌の減少が関与している可能性があります。酪酸産生菌の減少を防ぐための食品・医薬品などを作ることで、肉体疲労時の体調不良を予防できるかもしれません。
また、これは日本人に多いB型腸内細菌に特徴的な結果である可能性があり、今後検証を続けます。

【用語解説】
*1 ウルトラマラソン: フルマラソン(42.195 km)以上の距離を走るマラソンのこと。トラックやロードを走るものだけでなく舗装されていない山岳コースを走るものもある。
*2 酪酸産生菌: 腸に届いた食物繊維を分解・発酵して酪酸を産生する細菌の総称。クローン病や炎症性腸疾患などのさまざまな疾病や、人の免疫機能と関連することが明らかとなり注目されている。
*3 ベイロネラ(Veillonella) : 口腔内や腸内に生息する嫌気性菌。2019年にフルマラソンの能力と関連するとして話題になった。

原著論文
本研究は「Scientific Reports」のオンライン版(2022年4月28日付)で公開されました。
タイトル: Alterations in intestinal microbiota in ultramarathon runners.
タイトル(日本語訳): ウルトラマラソンランナーの腸内細菌叢の変化
著者:Mika Sato, Yoshio Suzuki
著者(日本語表記): 佐藤美花、鈴木良雄
著者所属: 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科
DOI: 10.1038/s41598-022-10791-y

選手並びにトランスジャパンアルプスレース実行委員会をはじめ本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。

Follow Twitter Facebook Feedly
SHARE
このページのURLとタイトルをコピー
お使いの端末ではこの機能に対応していません。
下のテキストボックスからコピーしてください。